魚類は鏡に映る姿を「自分」と認識できる!~世界の鏡像自己認知研究は新ステージへ~
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本研究のポイント
◇魚類の鏡像自己認知の決定的証拠が明らかに。
◇魚類にとって意味ある生態的マークを使用。マークテスト※1で、高い合格率。
◇できないとされた多くの動物が、鏡像自己認知できる可能性を示唆。
※1 マークテスト:動物の顔や喉にマークをつけ、鏡で見た場合のみにそのマークに触れることで、鏡像を自己と認識していることを証明するためのテスト。
概要
沙巴体育平台大学院 理学研究科の幸田 正典(こうだ まさのり)教授らの研究グループは、魚類が鏡に映る姿を自分だと認識できる鏡像自己認知の決定的証拠を明らかにしました。
本研究成果は、米国の電子雑誌『PLOS Biology』に2022年2月18日午前4時(日本時間)にオンライン掲載予定されました。
我々は、ホンソメワケベラを対象に、世界で初めて魚類も鏡像自己認知ができることを3年前に発表しました。今回はその追試?追加実験を行いました。その結果、実験標本数(18個体)はチンパンジーに次ぐ世界第2位の数になり、合わせて94%の高い合格率が示されました。さらに、鏡に映る自分の姿を親しい他個体と認識しているとの仮説や、マーク注射による痒み?痛みに伴って行動するという問題点の可能性などはすべて否定されました。いずれの実験結果も、本種が鏡に映る姿は自分であると認識していることを示しています。これより、ホンソメワケベラの鏡像自己認知は決定的であると認められました。
また、多くの動物への従来のマークテストは動物にとって意味のないマークだったのに対し、本実験では掃除魚のホンソメワケベラに、実際の寄生虫と酷似しているマークを喉に付けました。鏡像認知研究で、実験対象動物が気になって仕方ないようなマークを付けた実験は今回が初めてです。本実験は、これまで鏡像自己認知のテストで不合格であった動物も、意味のあるマークを使うことで多くが合格する、つまり鏡像自己認知が確認できる可能性を示唆しています。
研究者からのコメント
幸田 正典教授
意味のある生態的マークを使えば、もっと多くの動物が鏡に映る姿を自分だとわかることが示されます。ヒトだけが自己意識を持っているという従来のヒト中心の世界観?動物観が、今後大きく変わっていくことが期待されます。
研究の背景
これまで、鏡像自己認知ができると判断できる動物は、大型類人猿、ゾウ、イルカ、カラスの仲間くらいでした。自分がわかる(=自己意識がある)のは、ヒト以外ではこれら大きな脳を持つ動物だけと見なされていました。このような状況下で、我々は2019年に魚類のホンソメワケベラが鏡像自己認知できるとの論文を公表しました。案の定、世界中で賛否両論の大きな反響が起こりました。その批判に応えるべく行った検証実験の成果を今回まとめて発表しました。
鏡像自己認知ができる動物は自己意識を持つと考えられます。魚類が鏡像自己認知できることは魚類にも他の脊椎動物同様、自己意識があることを示唆します。
これまで脊椎動物の脳は、哺乳類の脳が最も複雑であり最も高度だとされていました。しかし今世紀に入り、脊椎動物の脳は魚から哺乳類、そしてヒトまでその基本構造は同じ(相同)であることがわかってきました。この脳神経科学からの成果は、魚類の高い知性の発見を神経基盤の面からも支持しています。
研究の内容
? 今回の研究では、魚類の鏡像自己認知に対し、一部の霊長類学者や動物心理学者から指摘を受けた問題点に応える追試?追加実験を行いました。
指摘1)4匹ではサンプル数が少ない。
そこで、新たに14匹で追加実験をしたところ、実験個体のすべてが試験に合格し、前回の研究結果を合わせると、17/18個体が合格し、合格率は94%となりました。これは、十分なサンプル数かつ高い合格率といえます。
?
?指摘2)鏡像を親しい仲間とみなしているのではないか。
a 「見慣れた鏡像に対し、鏡を反対側に移すと再度攻撃を始める場合、自分だとみなしていない証拠であり、この実験がされていない」との批判について。
→本種は反対側に鏡を移しても、鏡像への攻撃は全く起こらないので、この批判は却下されます。
b 「親しい個体の寄生虫を見て、相手にそのことを教えてやっている、あるいは我が身のことと捉えている」との批判について。
→親しい隣人のマークを見ても、自分のマークは擦らないため、この批判は却下されます。
指摘3)マークには痛みや痒みが伴うので、喉を底で擦る行動を起こすのではないか。 「マークを見た時に痛みや痒みを感じ、感じた触覚刺激でマークを擦っている」のならば、寄生虫らしくないマークでも擦ると考えられる。しかし実験の結果、青や緑のマークでは喉を底で擦る行動は起きませんでした。
?以上の指摘1~3に対する追加実験などより、すべての批判が却下されました。
期待される効果
これまで、鏡像自己認知ができない動物には自己意識がない、と見なされてきました。そのため、従来のテストで多くの動物が「アホ」とみなされてきました。しかし、「生態的マーク」を使うことで、かなり多くの種類の脊椎動物が鏡像自己認知できると期待されます。
これまで、ヒト?類人猿や、ゾウ、イルカなどだけが賢いと見なされてきましたが、今回の魚類での検証研究は、はるかに多くの脊椎動物が鏡像を自分だと認識できる可能性、おそらく自己意識がある可能性を示唆します。世界中で従来の動物観や世界観が大きく変わっていくきっかけになると期待されます。
今後の展開について
「鏡像自己認知がどのような認知過程でなされているのか?」、今後この問いを明らかにしていきます。動物もヒトと同じように自己顔イメージを持って鏡の姿を自分だと認識している、これが我々の仮説です。この仮説が確認されれば、ヒトとほぼ同様に、動物にも「こころ」があることになります。従来の考えのように、魚類は単に刺激に反応し本能的に行動するのではなく、おそらくものごとの豊かなイメージを持って暮らしていると考えられます。ご期待ください。
掲載誌情報
【雑誌名】?PLOS BIOLOGY
【論文名】Further evidence for the capacity of mirror self-recognition in cleaner fish and the significance of ecologically relevant marks.
【著 者】Masanori Kohda, Shumpei Sogawa, Alex Jordan, Naoki Kubo, Satoshi Awata, Shun Satoh, Taiga Kobayashi, Akane Fujita, Redouan Bshary
【U R L】DOI: 10.1371/journal.pbio.3001529
資金情報
本研究は以下の研究資金の助成を受けて行っています。
?科学研究費?挑戦的研究(開拓).代表:幸田(2020-2022) 脊椎動物の自己意識の起源の解明:魚類の鏡像自己認知、意図的騙し、メタ認知から.
?科学研究費?基盤研究B. 代表:幸田(2019-2021)脊椎動物の社会進化モデルとしてのカワスズメ科魚類の婚姻形態および社会構造の解明.
?科学研究費?挑戦的研究(萌芽).代表:幸田(2017-2018) 脊椎動物における顔認識機構とその進化: 魚類の顔認識様式の解明から.
?沙巴体育平台重点研究資金, 代表幸田(2018-2019) ヒトを含む脊椎動物の社会認知とこころの進化:魚類や小型ほ乳類の認知機構の解明から